前のページ次のページ(ウーレ姫物語)


「天は赤い河のほとり」パロディ小説(19)

シュンシューンのエジプト旅行

船旅
ムルシリ二世帝治世○○年、ヒッタイト帝国元老院文官、シュンシューン・イナリとその家族はナイル川を遡上する大型の官船に乗っていた。
乾いた風に黄色い景色。シュンシューンの妻アリエルとその子供ミツキ、ミニイは珍しそうに回りを眺めている。回りの景色に大勢の漕ぎ手も物珍しい。
こちらの船は大勢の漕ぎ手が汗を流しているが、反対方向にすれ違う船は帆を上げ、漕ぎ手もくつろいでいるようだ。丁度北に向かって風が吹いており、ナイルの川下に向かう船は勝手に進んで行くし、遡上する船は漕がなくてはならない。皮肉な風向である



元奴隷との再会
パロ8話、皇帝陛下の憂鬱で 皇帝陛下から隠し事を行った罪で、停職&エジプト巡察(&家族にエジプト旅行)を命じられた。結局、業務多忙ということで停職という処分は無くなり、その 時のエジプト旅行も中止されたが、条約により文官による相互巡察が定められており、それと兼ねてエジプト旅行となったわけである。
たまたま、エジプトから高位文官のハニが巡察に来ていたので、その帰朝の列に加わり、極めて安全にエジプト領内に入ることができた。

「シュンシューン殿、もうすぐ港に着くぞ」
「ハニさま、列に加えていただき、ありがとうございます」
「いえいえなんの。こちらこそ、異国の楽しい話が聞けて、楽しかったぞ」
メンフィスの港には、アルセスが迎えに来ていた。アルセスというのは、ヒッタイトに連れてこられたエジプト人の元奴隷である。ユーリさま救出作戦(参考、パロ18話)のとき、エジプト人の奴隷から一人選び、道案内をさせた。さらに、自宅に逗留させてもらう代わりにヒッタイトへ彼を送還しないことを密約した。
そのためか、ユーリさま救出作戦は大成功。無事にイル・バーニと三姉妹に引き継ぎを行い、シュンシューンも無事にウガリットに帰り着くことができた。
アルセスにしてみれば、ヒッタイトに奴隷として連れてこられたのを故郷に帰してもらい、家族と暮らすことができたのだから、大喜びで手伝ってくれた。いわばお互いに命の恩人というわけである。
「アルセス!」「シュンシューン!!」(親しい友人なので、お互い呼び捨てである) 二人は再会を喜んだ。
アルセスの足下にミツキとミニイぐらいの子供がふたり。その横には奥さんのヌトも。

シュンシューンとアルセスたちは、ぞろぞろとアルセスの屋敷に向かった。
門がある大きめの屋敷、中庭から回廊に面した部屋をあてがわれた。窓も大きく、立派な部屋である。(前回は敵国の文官を隠していた形なので、窓の小さい、奥まった小部屋に逗留していた)



エジプトの晩餐
荷物をほどき、ヒッタイトからついてきた下官や兵士の部屋の位置を確認したりしていると、食事の用意ができた、と召使いがやってきた。
テーブルの上には各種のパン、大豆のオートミール、魚のロースト、鳩のシチュー、ウズラのロースト、各種の牛肉・羊肉料理、野いちご、蜂蜜ケーキ、ワイン、ビール、ミルクなどがずらりと並んでいる。
アリエルと子供達は目を丸くしている。「ねえ、エジプトの人ってこんな凄い食事をしているの?」シュンシューンも少しびっくり。「アルセス、これは?」
「はははっ。これは賓客用のメニューだよ。私の所でも、出そうと思えばこのぐらいは出せるぞ。で、明日からの食事は、このあいだ出したぐらいの普通の食事でいいか?」
「ああ。充分だよ」
ミツキは円錐形のパンを口にすると「お父さん、ちょっと砂っぽいよ」「ああ、エジプトのパンはちょっと砂っぽいんだ。あまり噛まずにミルクと一緒に食べなさい」
確かに、エジプト人はパンに含まれる砂で、歯が削られることが多かった。ミイラにもその跡が残っている。
部屋には大勢の人が集まり、宴会もたけなわ。エジプトの宴会の通例通り、段々と場が乱れてきた。
女性の中には薄ものを脱いで裸になる人も。アリエルは慌てて子供達を部屋に連れ戻した。裸を見せるのは当時のエジプトでは普通のことなのにね。
顔にキスマークをいっぱい付け、乳香やシナモンの香りをぷんぷんさせたシュンシューンが戻ってきたのは、その少し後である。





ラムセス将軍と面会
翌日、ヒッタイト文官の正装をしたシュンシューンとアリエルは、ヒッタイト皇帝ムルシリ二世とタワナアンナ、ユーリ・イシュタルからの書状を、ウセル・ラムセス将軍に届けに行くことにした。
アルセスも「付いてく」と言うので、従者の格好をしてもらう。子供達は、アルセスの奥さん、ヌト&その子供達とお留守番。
ラムセスの屋敷に着くと、ラムセスの副官、ワセトが出てきた。
「ラムセスさまは厩に行っており、もうすぐ戻ります・・・・あれ、そなたは異国の神官だったのではなかったのか。それに、アルセスもヒッタイトに連れて行かれたはずなのに」
アルセスは、エジプト軍に物資を供給する商人。それが、手違いでヒッタイトに連れて行かれたというわけだったのだ。
シュンシューン、ワセト、アルセスはワインを嘗めながら全てを語り合った。「なるほど」「ほほう」

「ラムセスさまがお戻りになりました」と門番が呼びに来たので、ラムセスの部屋へ。
「ヒッタイト帝国 元老院文官、シュンシューン・イナリにございます。こちらは補佐官のアリエル・ベンザイテンにございます。ムルシリ二世陛下からの書状をお持ちいたしました」
「そなたが太陽の昇る国からやってきたアリエルか。話はユーリから聞いていた。ユーリともども、象牙色の肌が美しい。ユーリより肌が綺麗なのは、武人のユーリと違い、奥まった仕事をしているからかな。あと、ユーリと違った直毛の黒髪も美しいものだな」
おいおい、挨拶もそこそこに、いきなり人の女房を誉めるか、スケベラムセス!!
「ユーリは元気か、アリエル」
「はい。一度アナトリアに遊びに来て下さい、とのことでした」
「そうしたいのは山々だけど、相変わらずこの国は政情が不安でね。半年も国を離れていると、権力を奪われるかもしれないのだ。アリエル」
「なるほど」
もうっ。使者はシュンシューンなのに!


「そうそう、シュンシューン。面白い人に会わせてあげる」
ラムセスは馬と輿を用意させた。ラムセスとシュンシューンは馬、アリエルは輿 (アルセスは従者という設定なので徒歩)であるところに向かった。
そこはとてつもなく、大きな建物の大きな広間。ラムセスとシュンシューンたちが控えていると、一人の男が入ってきた。男の頭巾にはコブラの装飾と縞模様が。まさか、ファラオ・・・・・・・



子ども
アルセスの屋敷の中庭で、シュンシューンはぼんやりと子供達が走り回るのを見ていた。

ファラオが彼を呼びつけたのは、「太陽の昇る国」の話を聞きたかったら。ホレムヘブは特に、軍隊や行政制度の話を好んで聞いた。近代よりも、戦国時代や江戸時代の話の方が分かりやすかったようだ。
知っていることとはいえ、整理して話すのは非常にエネルギーのいることである。

アリエルは「女の間」に隣接する台所に行っている。「女の間」とは、どの家庭にもある男子禁制のスペースで、奥から女性たちの笑い声が聞こえてくる。多分、料理の情報交換をしているのだろう。
ミツキは、ちょっと大きな子供からパピルスに書かれた本を借りて読んでいる。その傍らでは、別の子供達が文字を勉強している。ユーリさまはもとより、シュンシューンたちはタイムスリップした時の衝撃で、どの言葉も話せ、読むことが出来るが、あのヒエログリフを読めるようになるのはさぞかし大変だろうと思う。ここでは、読み書きが出来れば書記として役所で活躍したり、神官になることも出来るのだ。(原作でもユーリさまは楔形を書く練習はしていたけど、読む練習はしていなかったでしょ。アルザワでもエジプトでも言葉に不自由していなかったし) 
ミニイは、女の子の間でお絵かきをしたりゲームをしたり。よく見ると、男女が交じって遊ぶことはあまりなさそうである。
もっとも、こうやって勉強したり遊んだりすることができるのは、ある程度裕福な家庭でないと無理。屋敷の外にいる一般の子供達はすでに働いているのである。
日干しレンガを作ったり、牛糞と藁を混ぜて燃料を作ったり、石臼で粉をひいたり、子守りなんかも。仕事は沢山あるのである。




テーベの街で市場見物
皇帝陛下からの親書を手渡すため、シュンシューンたちはエジプトの首都テーベに向かうことにする。
丁度、アルセスもテーベに商売に行くというので、商船に乗せてもらうことに。
商船には、シュンシューン一家とアルセスの他、シュンシューンの従者とアルセスの家族も乗り込み、賑やかな3日間の船旅となった。

テーベでは、以前も利用した商人宿に泊まる。前回は異国の神官として、今回はヒッタイトの文官として。
回りの景色も違って見える・・・・・

テーベに着いた翌日、アルセスは仕事だというので、シュンシューン一家は市場見物にでかけた。ヒッタイトからの従者も加え、さらにヌトに道案内を頼む。
町中からは音楽が聞こえてくる。太鼓や拍子木のパーカッションにクラリネット、フルート、ハープ、歌手。
「そういえば、ユーリさまを救出に来たのは、楽士に化けた(ユーリさまの)側近の方でしたっけ」とヌト。
「ええ、私と入れ替わりで。ムルシリ二世の側近、書記官長に女官長もいましたよ」
「実は、あの楽士。わたしたちの間で評判だったんですよ」
「ほう」
「あまりにも下手くそで」
「ええっ」アリエルとヒッタイトからの従者が一斉にヌトの方を見た。
「あそこにいる楽士たちは、何年もの間、毎日のように練習してここに来ているのです。ヒッタイトの藩属国ペイジェルなどの田舎では通用するかもしれませんが、ここエジプトではそんな付け焼き刃の楽士なんて、とてもとても通用しません」
「うーん・・・」


「どけどけどけ」
大きな瓶を背負った数人の薄汚い男が人混みをかき分けて小走りにやってくる。瓶からは異様な匂いがする。アリエルや子供達は鼻をつまむ。
シュンシューンは、ふとその中の一人に気が付いた「おい、タハルカ!」
「えっ」不意を付かれた一人の男が転倒し、中身を道路にぶちまけた。
男はひれ伏しながら 「ヒッタイトの文官さま、申し訳ありません。お召し物は…… あっ、あなたは・・・」
「俺だよ。輜重隊付けのヒッタイト文官、シュンシューンだよ。元気そうで何よりだな」

タハルカはぶるぶると震えていた。アリエルや従者たちはこの男を凝視している。奴がユーリさまに弓を向けたタハルカかぁ、と。
「まだ生きていたのか」「早くぶち殺そうぜ」とシュンシューンお付きの下官や兵士たち。
「こら、この男は皇帝陛下御自らが助命して、エジプト側に引き渡したのだ。勝手に殺してはいかん」とシュンシューン。
「申し訳ありません」

「あのう、ヒッタイトの文官さま」市場の長老らしい老人がシュンシューンに声をかけた。
「はい」
「よろしければ、この者にこの場を片付けさせたいので、処刑なさる前に、一旦お貸し渡しいただけますでしょうか」
「私はこの男をどうこうするつもりはない。久々に会ったから声をかけただけだ。元気そうで何よりだった。あとは好きにして良い」
「かしこまりました」
「おい、そこの肥汲み男。早く片付けろ」と長老の従者がどなった。
タハルカは、先ほど自分でぶちまけた糞尿を集めると、瓶に戻しはじめた。
彼は兵士の資格を剥奪され、貴族の屋敷のトイレの汚物を捨てる仕事をしていたというわけ。




前のページ次のページ(ウーレ姫物語)トップページ







名前の出所
アルセス……末期王朝時代のファラオ(前338~336)の名から
ヌト……エジプトの女神の名から


参考文献
古代エジプトを知る辞典 吉村作治編著 東京堂出版
イシスの娘 古代エジプトの女たち ティル・ディスレイ著 細川晶訳 新書館

明らかに創作と分かる部分の他、タハルカの仕事、肥汲み男も管理人の創作です。

(C) 2005 SHUN-SHUUN INARI

当ページの画像はWallpaper Originalsより