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「天は赤い河のほとり」パロディ小説(11)

カタパの街の偽物騒動



カタパの街で
シュッピルリウマ帝治政36年、ヒッタイト帝国を襲った七日熱は猛威をふるっていた。
皇帝シュッピルリウマが七日熱で崩御し、帝国は荒れていた。

そして、ここ、カタパの町でも、ナキア皇太后陛下の「安息の家」が設けられ、多くの患者が収容されるなど、様々な活動が行われていた。
 
 

町の評判
「それにしても、カイル皇弟殿下の側室『イシュタル』さまもやりたい放題だが、今度やってきた元老院の文官もひどいなぁ。」
「ああ、カイル皇弟殿下の物資を分配するためにやってきたあの文官。『太陽の昇る国からやってきた』と大いばりでやりたい放題」
「仕事もろくすっぽしないもんだから、倉庫は物資の山。で、事務所では女官をはべらせて毎日酒盛りにご馳走だとさ。まったくカイル殿下もロクな文官を寄越さないのだから。ほら、何てったっけ、奴の名前」
『シュンシューン・イナリ』とか言っていたぞ」
 
 

シュンシューン・イナリ、登場???
市民たちがそう言っている傍らを豪壮な行列がやってきた。
「元老院文官、シュンシューン・イナリさまであるぞ」「無礼があってはならぬ」
従者を何十人も従え、日本風の輿 (「かご」ともいうが…)の上でふんぞり返っている男がシュンシューン・イナリである。

象牙色の肌に黒い髪。カールした髪質が印象的である。あれ???????
 
 
 
 

その頃・本物は
その頃、髪の毛がカールしていない本物のシュンシューン・イナリは、カタパの隣町で物資配給に精を出していた。
皇帝陛下の物資は出来るだけ早く民衆に届けなければならない、ということで、当面の政務に支障のない文官も各都市からかき集められた。
法律の高位文官であるシュンシューンもハットウサを離れこの町で物資配給の任に当たっていた。
シュンシューンが仕えたのは、ハレブからやってきたテリピヌ殿下の側近である高官。
苦労人で温厚な殿下に仕える高官は、部下には優しく接していたが仕事には厳しかった。
高官やシュンシューンたち文官も、自ら豆の入った袋を担いで民家を回っていた。
 
 
 
 

シュンシューン、カタパへ
そんなある日、カタパからやってきた商人が思いがけない情報を持ってやってきた。
カタパの町で、イシュタルさまとシュンシューンという文官がやりたい放題やっているという話である。

話の内容だと、カイル殿下にかなり不利な話である。真っ黒な顔をしたシュンシューンは、ハレブからやってきた同じく埃まみれの高官に事情を話し、後を託すとカタパに向かった。
 

カタパに着いたシュンシューンは、早速抗議したが
「きさま、たかが下官のくせに何を言うか。ハットウサからはるばる来たようで、疲れているのは分か るが、畏れ多くもカイル皇弟殿下の御側近、シュンシューン・イナリさまの名を騙るとは何事だ。今のそなたの発言は内緒にしておくから、さっさと谷に行って 物資の管理をしたまえ」と、中位文官に言われ、谷の配属になってしまった。(谷といっても、イシュタルさまのいる谷とは異なる場所にある西の谷と呼ばれるところである)
文官は藩属国やヒッタイト各地からの寄せ集めで、太陽の昇る国から新しくやってきたシュンシューンの本当の顔を知らないものばかりであったのだ。
よく見ると、ろくに仕事をしていないカタパ駐在の文官たちはみな、きれいな格好をしている。
一方、隣町で働きづめだったシュンシューンの服はボロボロで泥まみれ。いくつか付けてきた宝飾品や宝石も、落としたり地元の人に与えたりして、とても高位文官に見えないのだった。
 
 
 
 

偽物、ますます増長
そのころ、偽シュンシューンの行いは ますますエスカレートしていた。
太陽が昇る国のスポーツと称してまわし一本の女性に「すもう」をさせたり、薄もの一枚で「柔道」をさせたり、じゃんけんで負けると服を1枚ずつ脱がせる「野球拳」という格闘技までさせていた。
そんなある日、市長に「私もハットウサから離れて1ヶ月間政務に励んできたが、腰回りが重くなってきた。スリムで巨乳の女を用意したまえ。」と命じていた。
七日熱で町が混乱しているのに、何て事だ、と思いつつも、渋々布令を出した。

ある娼婦が布令を見た。彼女の名前はリリー。夫に戦死された若い未亡人である。生きるためとはいえ、あっちの方は嫌いではないので、娼婦にしては珍しく前向きに生きている。
布令の中で目に留まったのは「太陽の昇る国からやってきた、シュンシューン・イナリ」の部分。
ハットウサの娼婦の間で、太陽の昇る国の男性は四十八種の魔法や全身を使って女性を酔わせるテクニックを持っていると噂(※)されており、一回お手合わせを、と考えていたのだ。
シュンシューンってどんな男だろう・・・・・
スリムで巨乳のリリーは迷うことなく市庁舎に入った。

(※)シュンシューンの自宅の近所に住む奥方たちがシュンシューンの妻・アリエルから無理矢理聞き出した内容に尾ひれがついて広まっている。
 

リリーにとっての結果は最悪だった。四十八種の魔法で酔うどころか、自分本位の単調な流れ、グッズは小指程度、瞬間湯沸器。まるで、その辺のわがままおやじと変わらなかった。
 
 
 

アリエル、動く
シュンシューンのテクニックやグッズは大したことがなかった。この噂はヒッタイト中の娼婦の間に瞬く間に広まった。
さらに、娼館に行った兵士や文官を経由して、ハットウサの王宮やハットウサで待っているシュンシューンの妻、アリエル・ベンザイテンの耳に入るのに時間はかからなかった。
「シュンシューンが娼婦を相手にした??あの潔癖男が??」しかも、伝わってくるテクニックやサイズは到底彼のものとは思えない。

アリエルは、イル・バーニに相談した。イル・バーニも事の重大性に慄然とした。
「ウルヒめ。偽イシュタルさまだけでく、偽の文官まで用意したか・・・・。皇帝陛下とカイルさまの名で動いている文官がそんなことをしたと広まっては、カイルさまの立太子に影響する」
そうかといって、この重大な時期にイル・バーニが王宮を離れるわけに行かないので、名代としてアリエルを指名、元老院特別調査隊として派遣することになった。
調査隊顧問としてアイギル議長のご嫡男キルラさま、他、数人の下級文官や下男。アダを筆頭に数人の女官。さらに数十人の兵士も伴い、調査隊はカタパに向かった。

(カタパの文官に対する指導力を増すため、著名なアイギル議長の嫡男も派遣されることになったが、キルラさまに、議長の部下であるイル・バーニの名代はさせられないのと、まだ未成年であるキルラさまへのご負担を避けるため、顧問ということになった)
 
 
 

谷では
その頃、本物のシュンシューンは重労働にあえいでいた。
責任者である偽シュンシューンがあんな調子では部下の文官も動くわけはない。
一方で、食料を待ちわびる民衆がいる。数人分の労働をこなすシュンシューンの服はぼろ同然となり、身につけていた宝石類は一つ残らず失ってしまった。

でも、民衆はしっかり見ていた。「あの下官、身なりはひどいが、よく働くなぁ」「ああ、東側の谷にユーリという働き者の少女がいるそうだが、負けず劣らず・・・」「ああいう方が何人かいらっしゃれば、倉庫に積み上げられている食料も皆の口に入るのに」

そして
「あの下官、谷に来てから10日近くなるのに七日熱にかからない」「本当だ。奇跡だ」
「ぜひ、ご加護を」
西の谷にいる民衆は、東の谷にいるユーリの伝説とともに、目の前に起きている奇跡に目を見張った。
 

そのころ、アリエル率いる元老院特別調査隊一行は目的地の近くの沢で休憩していた。その傍らの街道を3頭の馬がカタパに向かって駆け抜けていった。
「いちばん後ろの馬は我が戦車隊長、カッシュさまでは??」「高級軍人が供も連れずにどこに行くのだろう」「さあ」兵士たちは語り合っている。
 
 
 

事務所で
谷に程近い食料品分配事務所。
「まもなく、元老院特別調査隊の御一行がお越しになる。調査隊長は書記官長イル・バーニさまのご名代、アリエル・ベンザイテンさま、顧問は元老院議長アイギルさまの御嫡男キルラさまである。無礼があってはならぬ」

「神官さま、どうしよう。本物のアリエルが来るなんて」偽シュンシューンはあわてて黒マントの神官に相談した。
「本物の文官を詐称したとなれば、罪は軽くないが、あせることはない。アリエルをたらし込めば本物の文官になれるのだ。しかも、アリエルは太陽の昇る国の魔法を身につけているそうだ。夜が楽しいぞ」
「本物の文官!?、楽しい夜?」よし、女の一人や二人、たらし込んでやる。
 

「イル・バーニさまのご名代、アリエル・ベンザイテンさまのおいでにございます」
「アリエル、会いたかった」偽シュンシューンはアリエルのもとに駆け寄った。
「これが、シュンシューンなの??」アリエルやキルラ、文官たちは呆気にとられている。
偽シュンシューンがアリエルの手を握ったとき、アリエルは言った。
「あんた、『シュンシューンさま』と もてはやされているけど、文官の地位詐称は重罪よ。それに、あんたの夜の様子、リリーを通じて国中の物笑いだわ。小指くん
 偽シュンシューンは一瞬ひるんだ。
その瞬間、キルラは「シュンシューンさまの名を騙る不届き者。捕らえよ」 凛とした声で兵士に命じた。
偽シュンシューンは兵士によって縄を掛けられた。
 
 

同時刻、離宮ではイシュタルさまの名を騙ったウルスラがカッシュによって捕らえられていた。


控えていた文官たちの中から、下座にいた最も薄汚い文官がアリエルのもとに来た。
服はかぎ裂きだらけ。所々から血が出ている。
「アリエル!!!」「あなた!!!」
二人は駆け寄った。シュンシューンの手はアリエルの背中やうなじをさすって感触を確かめている。
「まあ、キスひとつであのような指使い。さすが、本物のシュンシューンさま。あれが太陽の昇る国のテクニックなのね。」 リリーも感心してみとれている。
 

シュンシューンとアリエルは、山間の沐浴場に向かった。
兵士が沐浴場への道路を封鎖する中、体の埃を洗い流している。
「先ほど、離宮で偽物のイシュタルさまが捕まったぞ。ハットウサに連行されていったようだが。」
「シュンシューンさまの他に、イシュタルさまの偽物??」
警備の兵たちの間でこんな話がひろまり、警備に少し隙ができた。
その隙に、一人の女性が沐浴場に近づいた・・・・・・
 
 
 
 
 

イル・バーニの知略??
沐浴が済み、体を拭きながらアリエルは「しまった、服を持ってくるの忘れちゃった。さっきのボロ、もう着れないよね。私の着替えで良かったら着る???」「ばかいえ(……ここの文官から着替えを譲ってもらうしかないかな。官位と服が合わないけど……)」
そこに、アダが「シュンシューンさま。こちらをお使い下さい」と持ってきたのは官位にふさわしい、真新しい文官の服と装飾品一式。
「これは??」「出発の時、イル・バーニさまが三姉妹を通じて私に託してくれたのです」
「イル・バーニさま…」シュンシューンは上役であるイル・バーニの心遣いに感激した。
(イルにしてみれば、文官がぼろぼろの服を着て民衆の前に出るなんて、もってのほかだったのかもしれないけど。)
 
 

処罰は?
数刻後、真新しい服に着替えたシュンシューンは食料品配給事務所の文官たちを集めて話し出した。谷の民衆や近くにいた市民も控えている。
「で、本来なら元老院高位文官である私に対して無礼な振る舞いをした者は、皇帝陛下に奏上し、元老議会の決するところにより重い処罰を受けるところである。が、今まで私がやってきたように、民のために働くのであれば、私に対する振る舞いは不問としよう。」
「シュンシューンさまには寛大なご処置、ありがとうございます」
「まじめに勤めるんだぞ。後日、そなたたちの服が傷んでいるか、調査隊を派遣するぞ」と、キルラさま。
「恐れ入ります」

「次いで、この者の処置も」偽物が引き出された。
「その前に、この者を操っていた神官がいたと聞いたが。」
「申し訳ありません。先ほど、馬に乗った2人組の不審な黒マントの神官を追いかけたのですが、振り切られてしまいました。」
「………………………………」

「ところで、そなたはどうして『太陽の昇る国』のことを知っているのか??。かごとか、相撲なんてヒッタイトの人は知らないはずだぞ。」シュンシューンは尋ねた。
「それは、この役(偽文官)を仰せ付かったとき、ナキアさまのお部屋に行くと、大きな水盤が・・・。あっ、何でもありません。」

彼はそれから口をつぐんでしまったが、シュンシューンには心当たりがあった。ちょっと前か ら、ミツキとミニイに日本のことを少しずつ図解入りで話していたのだが、それをナキアさまに覗かれたに違いない。(でも、女相撲や薄もので柔道なんて言っ ていないから、そこは奴の脚色かな??)
なるほど、そういうことか。でも、簡単に覗かれるなんて嫌だな。日本のピンホールカメラ盗撮よりタチが悪いではないか。『太陽の昇る国の四十八種の魔法』は門外秘なのに。
魔法による覗き見を防御するのには結界を張らなければ。あとで、ネピス・イルラさまに結界の張り方を聞きに行ってこないとプライバシーもあったもんじゃない。
 

「さて、この者の始末だが」シュンシューンは、ひれ伏している偽物の服をずらして肌を見ると、医師を呼んだ。
「医師どの」「ええ、シュンシューンさま。もう……」
「この者の七日熱は重症で、処罰には及ばないだろう。シュンシューンともてはやされているのが楽しかったらしくて治療を怠ったようだ。『谷』でゆったりと療養してもらうがいい。幸い、私が運び込んだ食料があるからな。」
「ははっ」
 
 
 

七日熱の謎
「ところでシュンシューンさまは谷にいらして七日熱に感染しなかったのですか」居合わせた民衆の一人が尋ねた。
「そういえば、そうだな。実は、以前いた『太陽の昇る国』で予防注射という魔法をかけてもらっているから、私とアリエル、子供達は感染しないのだ。あと、イシュタルさまも同様のはずだが。」
「なるほど」
「で・・・・・・」と、シュンシューンは軽くかかった人の膿をかかっていない人の傷口に塗りつけると、その人も軽くかかって済むことや、 牛に感染させて、その膿を使うと更にリスクが少なくなることも説明した。
 

この一連のできごとで、文官、シュンシューン・イナリは完全に名誉を回復。報告と休養のため一旦ハットウサに戻ることにした。
 
 
 

女の戦い
カイル・ムルシリ皇弟殿下の一行は既にハットウサに向かって出発していた。

シュンシューンも、ハットウサに帰る支度を始めたが、兵士たちの準備に手間取り、出発は翌日になった。

今晩は皇弟殿下が去った後の離宮内、第二貴賓室(二間続きのスイートタイプ)で休むことにした。(最も豪華な第一貴賓室はキルラさまにお譲りした)
夜になり、一人の女性がアリエルを訪ねて来たので、リビングルームに通した。リリーである。
スレンダーなボディに豊かなバスト。かわいらしさを引き立たせる化粧。さすがカタパを代表する娼婦である。
 

「アリエルさま、お願いでございます。私は先日、偽物のシュンシューンの相手をしてひどい目にあいました。ひとつ、本物のシュンシューンさまを一晩お借りし、心の傷を癒したく存じます。」
「私が噂を広めなかったら、今頃シュンシューンさまは、まだ谷にいらっしゃったかも・・・・・・ね」
「ええっ」
「先ほど、シュンシューンさまとアリエルさまが山の沐浴場で身を清めているところを覗いてしまいました。お互いに身を清めるだけで心地よさそうなので、さぞかし・・・」
「ええっ」ヒッタイトではこんな場合、夫を貸さなきゃいけないの???
 

アリエルは奥の寝室で休んでいるシュンシューンの元に行き、すぐに戻ってきた。
「リリー、ごめんね。シュンシューンはぽっちゃりしたタイプが好みなの。私でさえ、もっと太れって言われているの。だから・・・・」
そのかわり、アリエルはリリーに四十八種の魔法の一部を口述で教えた。リリーは感激して帰っていった。

寝室に戻ったアリエル「シュンシューン、ありがとう。うれしいわ。でも、どうしてリリーの相手をしなかったの。この辺の慣習みたいだけど」
シュンシューンは答えた。「近代医療も抗生物質もないこの世界で性病にかかったら誰が治すの?。お互い身持ちをしっかりしなきゃ」
 
 
 
 

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(C) 2004 -2018 SHUN-SHUUN INARI


新しい病気
と、身持ちの大切さを訴えるシュンシューン・イナリですが、実は当時のハットウサに梅毒はありませんでした。
梅毒は1490年頃まではアメリカ大陸の西インド諸島の風土病に過ぎなかったのです。
1495年、コロンブスの探検隊がスペインに持ち帰り、その後わずか100年足らずで港町を中心に世界中へ広まってしまったのです。
特定の行為でしか感染しない病気で、しかも交通機関の発達していない時代にしては驚異的なスピードです。
て エジプトのミイラの死因も性病が原因のものはあまりないようで、シュンシューンの心配は杞憂なのかも知れませんが、近代医療も抗生物質も無いというのはまさしく「致命的」です。