「天は赤い河のほとり」パロディ小説、最終話

「ユーリさまとの別れ」



シュンシューンの執務室
元老院文官・シュンシューンと皇后・ユーリイシュタルはふたりっきりで机に向かって座っていた。
「もう一度聞くわ。さっきの話、本当なのね」
「もちろんです」
「人生って皮肉なものよね」
「申し訳ありません。ユーリさま。このようなお話、しない方がよかったのでしょうか」
「そうねえ」
(今頃になって、こんなに私を苦しめるなんて、シュンシューンってひどいわ)
二人は黙りこくってしまった。




問題の発端
黙りこくったままの二人をほっておいて、ちょっと解説をしよう。
二人の間にある例のゴキブリ、いや、タイムマシンが問題なのである。
25世紀の未来人は「出発した時代と25世紀以外では降りることはできません」という説明をしてゴキブリ型のタイムマシンを置いていったのだが、シュンシューンは残された縮小光線や未来の工具を駆使して、タイムマシンを改造してしまった。
改造することによって『任意の時代で降りることを可能にした』のである。
ただ、度重なる未来旅行や実験などで燃料を大量に消費しており、いつの間にか片道分の燃料しか残っていなかった。
元々救命ボートに過ぎなかった「タイムマシン」はわずかな燃料しか積んでおらず、それを使い切ると、タイムマシンは二度と使えない。

25世紀の未来人に助けを求めるにしても、25世紀のどの年代のどこに行き、誰を頼ればいいのか全く見当が付かないではないか。

つまり、古代ヒッタイトを出発して21世紀に行くと、紀元前14世紀のヒッタイトには二度と戻れないというわけだ





シュンシューンの意志と事情
「シュンシューン、あなたはどうするの??」
「私は、身辺整理が済み次第、21世紀に帰りたいと思います」
タイムスリップでヒッタイトに来たシュンシューン一家。まず、妻のアリエル・ペンザイテンがホームシックになり、ノイローゼになりかかっている。
アリエルはユーリのように、すばらしい皇子と知り合うわけでもなく、シュンシューンと子供達とで助け合い、慣れない食事に慣れない家財道具と格闘してきた。いちばん帰国を願っているのがアリエルだったのである。
子供の、ミツキとミニイも地元になじんではいるが、ノイローゼの母親の元ではかわいそうである。
仕事の面も、シュンシューンはユーリさまのような皇后陛下という超重職ではなく、文官のひとりであり、抜けても優秀な人材が後を継ぐことであろう。

「ユーリさま。泉のように季節が決まっているわけではありませんが、残り1回分しかない燃料が劣化してしまいますと、21世紀までの航行が不可能です。もしご乗車されるのであれば、身辺整理をお済せいただき次第出発したいと思います」
重苦しいこの場の空気を払拭すべく、シュンシューンは断腸の思いでユーリに告げた。



ユーリの迷い
たまたま月の使者がユーリの許を訪れている最中であり、ユーリは頭痛と称し、カイルと別々のベッドで寝ることを許された。

ユーリは枕に顔を埋めた。
「パパ、ママ、毬絵、詠美・・・そして、氷室・・」両親や姉妹、氷室に別れも告げずに出てきたことが思い浮かばれた。
氷室は詠美の夫になったとはいえ、いつでも会うことはできよう。剣や馬術のインストラクターで食べていくこともできるし、ヒッタイトをテーマにしたコミックも28冊くらい出せるかもしれない。
テシュプランドも素晴らしいけど、やっぱり本物のディズニーランドにはかなわない。
金や宝石を多用した装飾品もいいけど、ネクストサービスのNTTポケットベル、欲しかったなぁ。
欲を言えば、IDOデジタルホンの携帯電話を使って、電車の中でおしゃべりしたい。ん、PHSのほうが通話料が安くておしゃべり向きかな。友達もみんなPHSを持っているのかな?
失踪する前年の12月、発売されたばかりの「プレイステーション」を氷室が自慢していたっけ。一度してみたいな。
そういえば、高校に入る年の夏にスタジオジブリの「耳をすませば」が公開されるとのことだったが、見たかったな。
タイムスリップする少し前に神戸で大きな地震があったけど、どうなったのかなぁ。
ユーリは、タイムスリップする前に流行っていた「愛しさと、せつなさと、心強さと」や「イノセント・ワールド」を口ずさんだ、が、全部は忘れてしまっていた。
そう、そういえばこないだタイムマシンの窓越しにディズニーランドの隣のテーマパーク「ディズニーシー」を見たっけ。行ってみたいな。


でも、私は決めたんだっけ「この赤い河のほとりで生きていくの」と。
それに、子供達はどうするの。残していくことも、連れていくこともできない。
シュンシューンは愛する子供と奥さんのために、空気がきれいで人情豊かなヒッタイトを離れるのよね。
だったら、私は愛するカイルと子供達のためにここに残らなければならない。
それが21世紀人がそれぞれ取るべき態度ではないかしら。



ユーリの決断
翌朝、ユーリはシュンシューンのもとを訪ねた。
「ごめん、やっぱり私は・・・・」
「ユーリさま。かしこまりました」



シュンシューン帰国
この数日間は、とっても忙しかった。
愛馬「マイシマ号」の新しい飼い主探し。後任の文官への引継ぎ・・・・・・。

出発当日、シュンシューンの執務室に面した中庭には皇帝陛下、ユーリさま、輜重隊隊長ジュセル、奥さんのジュリア、輜重隊中隊長ベケスと奥さん、ほか大勢の文官や将校、神官たちが見送りに集まっていた。
その他には、ミツキとミニイのお友達と、アリエルの井戸端仲間も

向こうで着いたときの事を考え、一家とはタイムスリップしたときの服を着ている。ミツキの腕には愛猫「キティ」が抱えられている。
(子供の服のサイズが合わないって??。そーゆー細かいことは・・・・・・)
「みなさん、短い間でしたがお世話になりました」
「ミツキ、ミニイ、ばいばい」
「ヒッタイト法典はより堅固なものになった。シュンシューン、貴重な情報をありがとう。」
「アリエル。おしゃべりとかいっぱいできて、たのしかったね。」
「私の分まで21世紀で生きてね」

大勢の人に見送られる中、一家と愛猫「キティ」は縮小光線で小さくなり、タイムマシンの中へ。

そして、タイムマシンはかき消すように消えてしまった・・・・


シュンシューン、21世紀へ
一家はタイムスリップさせられた日の「翌日の21時」に着いた。
場所はタイムスリップさせられた海岸の砂浜。
タイムマシンはゴキブリサイズから普通のサイズに大きくなったが、同時にエンジンから火を噴き出した。もちろん、予想された事であり、みに~、みっき~、 妻、しゅんしゅんはそれぞれ小さな袋を手にすると、タイムマシンから飛び降りた。と、間もなく、タイムマシンは炎に包まれた。

「何か夢を見ていたみたいね、しゅんしゅん」
「ああ、ユーリはきっと、残った方が幸せだったのかもしれないね」
あ、そうそう
向こうを出る少し前に、ナキアさまからもらった若返りの薬をみんなでのまなきゃ。
向こうで過ごした分若返らないと、特に子供達は辻褄が合わなくなってしまう。
少年と少女の面影を漂わせていた子供達は、すっかり元の幼稚園児に戻った。

タイムマシンは完全に灰になった。子供達は、タイムマシンの残骸を波打ち際にながしている。
「たいへん。鈴木夕梨さんの自宅の住所を書いたパピルスも燃やしてしまったわ」
「向こうの家族とは会わない方がいいよ。こんな事話しても、きっと信じてもらえないよ」
そう、タイムスリップした直後に「デジタルカメラ」「カメラ付携帯電話」でヒッタイトの風景やユーリさまの画像を撮ったのだが、デジカメは充電が全く出来ず、携帯電話はここを出る直前に赤い河に落してしまったため、データは全部消滅してしまったのだ。
殊に、携帯電話は、手回し式の充電器を持ち込んでいたため、21世紀の音楽をヒッタイトでも聞くことができ、家族はどれだけ慰められたことだったか・・・・。

一家は海岸の駐車場へ向かった。車はそのままあったが、駐車料金が34時間分かかっていた。

車を数年ぶりに運転して、自宅へ。
「ただいま~」
前日に家を出てからここに帰ってくるまで数年間。でも、自宅は出たときのまま。1日しか経ってないものね。

「そうそう、みっき~、みに~。明日、幼稚園どうするの」「休むよ~、疲れたもん」
「えーと、私の明日のシフトは・・・『遅番』か。朝寝が出来るな。あと・・・」
 「ええ、わたしは、携帯ショップに行って、機種を交換してもらえばいいのね。あと、猫のえさとトイレの砂も。」

しゅんしゅんはリビングに、ナキアさまからもらった薬の小瓶を飾った。
 14話とは別の機会にカルケミシュに行った際、ナキアさまが限られた材料で心を込めて作ってくれた「若返り薬」をもらってきた。その時既にタイムマシン の改造もほぼ完了したため、大喜びで薬を受け取ったのだが、この喜び方で、ナキアさまはシュンシューンと永遠の別れになることを察したようだ。

あと、20話で登場した、ウーレ姫の遺品のガウン。袋の底に隠してあるが、しばらくは手放せそうにない。未だに(若くして亡くなった) 姫の唇の感触の記憶が残っているためだ。まあ、手放す気になったら、博物館にでも寄付するかな。

愛猫「キティ」は、しばらく落ち着かなさそうにしていたが、突然台所に向かって飛び出すと、ネズミをくわえて戻ってきた。さすが、紀元前生まれの猫である。21世紀のねずみの敵ではない。


数日後、図書館に行った一家は「ヒッタイトくさび形文字」「エジプトのヒエログリフ」という書物を手に取った。
すらすら読めたので、回りの人がびっくりしていた。




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