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「天は赤い河のほとり」パロディ小説(21)

氷室聡のハットゥサ滞在記



写真の中の夕梨と過ごすひととき

鈴木夕梨が、氷室聡の前から忽然と姿を消して1年。 氷室聡は未だに夕梨のことが忘れられずにいた。
今日も、一人で海岸へ出かけた。 失踪した時に比べ、だいぶ立ち直ってきた彼だが、時々、海岸に出かけては一人だけの大切な時間を過ごすのだ。
夕梨、どこにいるのか?きみはあの海の向こうにいるのか・・・
いつものように、氷室聡はポケットから夕梨の写真を出し、写真の中に居る笑 顔の少女に問いかけた。

そこに突然、海から竜巻きが巻き起こり、氷室聡は一瞬にして竜巻きに飲み込 まれてしまった。
氷室聡が気が付いたところは、河のほとり。なぜか、河の色は赤い。 一体、どこに飛ばされたのだろう。
すると、河のほとりを1台の馬車のような乗り物がやってきた。 変な馬車??あれ、どこかで見たことが。
思い出した。有名な映画「ベン・ハー」(1959)の戦車競争に出てくる古 代の戦車。 その戦車、なぜかシマウマが1頭で曳いている。
戦車には、裾の長い服を着た男と、奥さんらしき女性、子供が二人。 氷室聡の目の前で止まった・・・・・




シュンシューン一家、ピクニックの帰りに見たもの

ムルシリ二世とタワナアンナ、ユーリ・イシュタルが治めるようになってから数年後のヒッタイト帝国。 ムルシリ二世に仕える移民の文官、シュンシューン・イナリは、家族を連れて自家用戦車でピクニックに出かけていた。
普通、戦車は2頭の馬で曳くものだが、シュンシューンの愛馬でシマウマの「マイシマ号」は他の馬と一緒に戦車を曳くのを嫌がり、1頭でのんびり戦車を曳い ていた。(シュンシューンの腕ではそんなにスピード出せないし)
ピクニックの帰り道、赤い河のほとりで一人の若い男性がたたずんでいるのを見つけた。その者をよく見ると、シュンシューンの母国「太陽の昇る国」の服を着 ていた。戦車を停めて、話を聞くことにする。

氷室聡の話を聞いたシュンシューン。状況は自分の時と全く一緒なのは分かった。
氷室聡の名を耳にしたシュンシューンは試しに「鈴木夕梨」を知っているか?と尋ねたところ、ポケットの中から夕梨の写真を出した。 やっぱり・・・・
彼がのどの渇きを訴えたので、水筒の水を与えると、話を続けた。
シュンシューンは驚いたが、彼がここで生きていくための手助けをしなくてはならない。
手っ取り早いのは、自分の部下の文官として取り立ててもらうことだが、彼は弱冠17歳で、文官の仕事をするのには早すぎる。まだ、学問の素養も出来ていな いし。(高校1年生ですから)
とりあえず、イル・バーニさまに相談して、下官見習いとして取り立ててもらうようにするか・・・ (タイムスリップした者のお約束で、現地の言葉の読み書きはできるようだ)

問題は、ハットゥサまで帰る方法。子供を含めても5人は戦車に乗れないし・・・
どうしようかと考えあぐねていたところ、演習から帰る途中の輜重隊の一隊が通りかかったので、氷室聡を中隊長のベケスの馬車に乗せてもらい、ハットゥサに 帰ることにした。



初めて出会うヒッタイトの人々

氷室聡はびっくりした。自分が、紀元前14世紀のトルコにタイムスリッ プしたこと。そこに、21世紀からタイムスリップした日本人の家族がいたこと。さらに、此の地に夕梨がタイムスリップしていたこと。
夕梨はひとりでどんな暮らしをしているのだろうか。寂しくないのだろう か。再び抱き締めることはできるのか?
日本人の文官の説明を聞けば聞くほど、自分が信じられなくなっている。
氷室聡は喉が渇いたので、シュンシューンに水を分けてもらうことにし た。
ごくッ、躯に水が染み渡って・・・・げげっ、まずい。何なんだ、この味 は。 土臭さに、若干のカビ臭さ。何だか少し濁っているようだ。
明らかに日本人の子供達は、その水を旨そうに飲み干している。お腹こわ さないの?

そこに、現地人の軍隊の車列が通りがかった。はじめて目にする現地人。 浅黒くて、彫りが深くて、目玉がぎょろぎょろしている。外国人と言えば、中学校の英語の授業に来た白人の先生しか知らないので、ちょっとびっくり。
シュンシューンは隊長らしき人と親しげに話したかと思うと、「シュン シューンの自宅があるハットゥサまでのせてって」と言った。 馬車は使い込まれてはいるが、よく手入れされて黒光りしている。隊長の隣の席を勧められ、馬車は出発した。 鋪装していない道を、サスペンションがない馬車で行くので、お尻が痛くなる。馬車に乗っている兵士達はもちろん、後ろから戦車でついてくるシュンシューン 一家も平気な顔をしている。 どうして??

それにしても、さっきから兵士や隊長達の匂いが気になって仕方がない。 隊長は豪華な衣装を着ているし、兵士も揃いの服を着ているのだが、服は薄汚れており、そこから饐(す)えたような妙な匂いがするのである。洗濯はいつして いるのだろう。兵士の顔を見ると、垢で黒光りしているし・・・・・




匂いと振動で氷室聡が吐きそうになる直前、シュンシューンさんたちが住 んでいるというハットゥサの街に着き、馬車から降りることができた。石組みの巨大な塀が目を奪う。
シュンシューンさんたちも、戦車を降り、馬と戦車を下働きの者に預けて いる。 氷室聡は促されるまま、城壁の門をくぐった。
兵士や下働きの者が皆、敬礼をしているので、シュンシューンはよほど高 位の生活をしているのか・・・・ それにしても、街の中、饐(す)えたような匂いが気になる。よく見ると、道ばたの側溝から臭い匂いがしているし、家々の脇にはゴミが積まれている。
服や装飾品を身につけた住人がこちらを見ている。そんなに自分のことが 珍しいのか。 何だか、街の中は子どもだらけのような気がする。
氷室聡の知っている住宅街の様子とは全く違う。
(人口ピラミッドを考えると、住宅街は子供だらけになるのが当たり前。 住宅街に子供がいない今の方がよほどおかしい)

回りの家より、ちょっと大きな土づくりの家に着いた。シュンシューンの 家だという。



サトシの夕梨への想い

シュンシューンはいつものように戦車とマイシマ号を厩に預けると、徒歩 で城門をくぐり、ハットゥサの街に入った。(自家用戦車と馬車の車庫は城門の外にある。)
氷室聡は珍しそうに町並みを見ているし、市民たちも珍しそうに彼のこと を見ている。まるで、数年前にヒッタイトに移民してきたシュンシューンたちのようである。

自宅に着いた。市民たちが珍しそうに見ていたので、兵に追い払ってもら い、彼を家の中に伴う。 ワインを勧めながら、彼の話を聞く。
次いで、こちらの状況も語る。 自分は21世紀からタイムスリップしてきたこと、自分の仕事、家族の暮らし、ヒッタイトの政治制度、価値観。そして、17歳の彼がここで生きていくために しなければならないことの説明も。それは仕事のこと・・。
「聡くん、キミを文書庫長官に預けるから、そこで文官見習いとして粘土 板の管理を学んで欲しい」
未来人はタイムスリップしてきた衝撃で、文字の読み書きは自由にできる という特権があるが、武術はからっきしダメである。そこで、できるだけ武術と関係のない部署に配属したというわけだ。

話をしながら、妻のアリエルを輜重隊長のジュセルと奥さんのジュリアの ところへ使いに出した。
当座の衣類と、生活用品を輜重隊倉庫や市場から調達してもらい、さら に、家を用意してもらうために・・・・・・・
「しゅんしゅんさん、いや、シュンシューンさま。説明はよく分かりまし た。ところで、先ほど、夕梨がこちらにいるとおっしゃったようですが、会えますか?」
「聡くんは鈴木夕梨さんのことが好きだったのか」
「ええ、まだAまでですが。その・・・・夕梨がどうかしたのですか?  まさか、娼婦に身を落としているとか? それでもいいから会いたいんです。」
「実は、その反対で・・・・」 シュンシューンはありのままを話した。

「皇帝の奥さんになって、子どもも3人いるのですね。シュンシューンさ まは夕梨の下で働いているのですね」
「ああ。(夕梨じゃなくてユーリさまとかイシュタルさまと呼ばないと、 サトシ。首が飛ぶぞ。それに「皇帝」ではなくて、「皇帝陛下」だよ) で、そこに至るまでには、大変な苦労をしているんだ・・コミックスにしてざっと27 巻分」
「コミックスで27巻分のできごと・・」 氷室聡、いや、サトシは呆然とした様子だった。



サトシ、王宮へ

サトシは王宮に向かう馬車の中にいた。
本来、サトシが任ぜられた下官見習いの立場では皇后陛下に直接お目通り できないのだが、今日、シュンシューンさまがユーリさまと政務の打ち合わせをすると言うので、鞄持ち(付き人)ということで帯同することになったのだ。
ヒッタイトにタイムスリップして10日。泥臭い水や、砂っぽいパンのよ うな焼き料理など、こちらの料理や匂いにだいぶ慣れてきた。それどころか、最初は馴染めなかったワインやビールがおいしい。
シュンシューンさまが言うのには、タイムスリップしてきた人は、現地の 料理や習慣に割と早く馴染めるのだそうだ。(コミックスでもユーリは生活習慣の違いに苦労していなかったし)
奥さんのアリエルさまや、輜重隊長のジュセルさまの用意してくれた 家や生活用品を使った生活にも馴染めそうだ。

馬車が王宮に入ると、あれほど軽口を叩いていたシュンシューンさまの表 情が緊張に満ちたものに変わった。 王宮内を行き交う人たちの服も、外の人に比べて豪華である。(埃っぽいのは変わらないけど)
歩いている兵士たちも、城壁を警護している兵士たちと比べて目つきが鋭 く、強そうだ(近衛兵というそうだ)。
途中で馬車から降りると、目の前には大きな建物が。クレーンも重機もな いのに、どうやってこのような大きな建物をこしらえたのだろう。
美しい中庭を通り抜ける。近くにいた大勢の文官や兵士が「シュンシュー ンさま、おはようございます」と声を掛け、中庭に面した部屋の大きな扉を開けてくれた。そこがシュンシューンさまの執務室のようだ。

「シュンシューンさま、本日は皇后陛下とご会談とか」
「ああ、内密の会談なので、諸君たちはさがっていてくれ」
「かしこまりました」秘書の女性だろうか。彫りの深く、浅黒い顔をした 若い娘は、シュンシューンとサトシの分の飲み物を置くと、部屋の外へ辞去した。


「シュンシューンさま、皇后陛下のお越しでございます」飲み物を飲み終 わった頃、金髪の美しい女性が執務室に入ってきた。
「ハディどの、ありがとう」
鞄持ち役のサトシは、教えられた通りにひれ伏した。シュンシューンも軽 く控える。
「シュンシューン、秘密の政務打ち合わせって何なの?」
「ユーリさま、秘密なのは政務の内容ではございません。私の鞄持ちが本 日の主役でございます」
「えっ、鞄持ち?」
「サトシ、顔をあげてごらん」
「・・・・・・・・・・氷室!!」「夕梨!!」

何も聞かされていなかったユーリは、大きな目を更に見開いて聡を見つめ た。 サトシも、夕梨を見つめていた。彼が海を見ながら泣き暮らしていた1年間、夕梨はどんな苦労をしたのだろう。真っ白だった肌も少し日に焼けて荒れている し、顔も戦士の精悍さと皇后の気品、色気をにじみ出している。
「シュンシューン、この人は?」ハディは、カイルさま以外眼中にないな いはずのユーリが、まじまじと見つめるこの男性の正体が気になった。
「これが噂の氷室聡ですよ。ハディどの」「えっ」
「実は、秘密の打ち合わせなんて最初からなかったんです。まあ、カイル さまの手前もあり、私たちは部屋から出るわけにはいきませんが、ドア際で見守るとしますか。他の者がここに入ってきてもまずいですし」
「そうですね。シュンシューン」 そういうと、部屋の中央で手を取り合って語り合う二人から離れるように、シュンシューンとハディはドアの脇にある 鞄持ちの席に移動し、並んで腰掛けた。




1年後のサトシ

「サトシ、そろそろ嫁さんでももらったらどうか。腰回りが辛いだろう し、身の回りの事も大変じゃないのか?。 サトシの嫁さん希望者が何人かいるから、会うだけでも会ってみたら良いだろう。いくら、ユーリさまのことが好き だからと言っても、皇帝陛下のお后さまを奪うわけにはいかないぞ」
「シュンシューンさま、ありがとうございます。分かってはいるのです が、未だに夕梨のことが忘れられなくて」
タイムスリップして1年。サトシは有能な文官として徐々に認められるよ うになった。一方で、女性に対しては身持ちが堅く、娼館に行くことも無ければ、街娘に手を出すこともなく、不能ではないかと噂されていたほどだ。

サトシにしてみれば、サトシを取り囲む娘たちは自分の好みと明らかに異 なっていたのである。浅黒い肌、彫りの深い顔、ぎょろりとした目玉、自分の趣味に合わない香水。
シュンシューンさまだって、日本から一緒に来た日本人の奥さんとしか床 を共にしていないではないか。ずるいぞ。自分にだけ現地人の嫁を薦めるなんて。

でも、そうはいっても夕梨、いや、ユーリさまは自分の手の届かない所に いることは分かっている。
あれから、シュンシューンさまの計らいで、シュンシューンさまとユーリ さまが打ち合わせをするときに鞄持ちとして3回ほど王宮中枢部を訪れることができた。
打ち合わせの合間には夕梨と話をすることもできた。でも、自分は高校生 として1年間過ごしている間、夕梨はあまりにも自分とはかけ離れた体験をしている。夕梨の気持ちもすっかりカイルさまに傾いているし。
次第に、話すことがなくなってきて、最近は押し黙っていることもある。

そんな悩みを抱えていたあるとき、カッシュ将軍が紹介してくれた娘が気 になった。先祖が北方民族という、17歳の美しい金髪娘である。
父親は有能な元戦車兵で、身分のバランスもとれている。


「結婚を考える前に、友達から始めてみたら?」というアリエルさまの勧 めに応じ、 ある日、サトシはシュンシューンから戦車と馬を借り、娘とデートに行くことにした。
デートの行き先は、あの、赤い河のほとり。タイムスリップしてから、1 年ぶりに訪れる場所である。
シュンシューンとアリエルは笑顔で送り出したのだが・・・・



数刻後、戻ってきたのは戦車に乗った娘がひとり。真っ赤に泣きはらして いる。
「どうしたの?」迎えに出たアリエルは娘を抱きかかえ、近くにいた兵士 に戦車を託した。
知らせを聞いたシュンシューンも王宮の執務室から飛んできた。
「サトシさまは・・・」娘が語り始めた「赤い河のほとりで、サトシさま から『太陽の昇る国』のお話をお伺いしていたのですが、急に赤い河がざわめいて、サトシさまが引き込まれてしまったのです。ちょうど渦に飲み込まれるよう に・・・」娘は、戦車兵だった父親から最低限の操縦方法の指導を受けていたので、やっとの思いで帰ってこれたのだった。

翌日、シュンシューンとアリエル、件の娘は第四神殿に出かけ、ネピス・ イルラさまにその話をしたところ、「サトシは元の世界に帰ってしまいました。」とのこと。 シュンシューンとアリエルは複雑な顔をして見つめ合うしかなかった。
このことは、ハディを通じてユーリさまにも伝えられたが、ユーリさまは 無言で何も返事をしなかったという。




20世紀の病院で

氷室聡が気が付くと、そこは病院のベッドの上だった。
「聡、気が付いたのね」詠美の顔が目の前にあった。

「ここはどこ? 今、いつなの?」
「あなたが海岸に行った後、姿が見えなくなってから3日後、同じ場所で 倒れているのを発見されたの。まっ裸で」
「えっ」
「とりあえず、警察病院に保護され、それから2日後の今、あなたが目覚 めたの」
あの1年間は幻だったのか・・・そう思った聡に詠美は話を続けた
「不思議なことに、まっ裸のあなたが宝石を握りしめていたんだけど、こ の宝石。何かしら?」
枕元を見ると、見覚えのある緑色の宝石が。そう、娘に与えて口説こう と、握りしめていた宝石だったのだ。

警察にこんな事を話しても信じてもらえそうもないので、話は簡単に済ま せて退院。
詠美だけには、ヒッタイトにタイムスリップしたことを話した。けど、夕 梨が居たことだけは内緒にしておいた。

数年後、考古学者の氷室聡と、その妻で助手の詠美はトルコでの調査旅行 で、「歴史的大発見」をすることになる・・・・・




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氷室聡がまっ裸で発見された理由
古代ヒッタイトの衣裳を着て発見されたのでは、それだけで考古学的大発 見となってしまい、このあとの話がつながらなくなってしまうからです。 (「イシュタル文書」で氷室聡がハート形の粘土板の意味を知らない、という部分に)
氷室聡はこの事件がきっかけで考古学の道に進んだという設定にしまし た。





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